作れることと見られることは別
| 関門 | AIで楽になること | 別に考えるべきこと |
|---|---|---|
| 作る | 画像・文章・音声の制作が速くなる | 一本ごとの企画の独自性 |
| 見られる | 投稿の本数を増やせる | 誰がなぜその動画を開くのか |
| 登録される | シリーズを続けやすい | 次の一本も見たくなる理由 |
| 収益になる | 制作の手間が減る | 収益化ポリシーに合う作り方か |
書き手のAIブラックCM広報部さんは、副業を始めてから何を考え、どこで迷い、最後に何が残ったのかを、何回かに分けて書いていくと宣言している。今回はその第一回で、成功した話ではなく、うまくいかなかったことのほうが多い話だと最初に断っている。
最初に取り組んだのは、AIを使った架空のテレビ広告風の動画だった。社会の違和感や働き方、人間関係、建前のようなものを、存在しない商品の広告として表現する。それを本人はAIブラックCMと名づけていた。風刺の効いた企画としては、なかなか面白い発想だ。
ネタを考え、画像を作り、文章を書き、音声を付けて動画にする。一本できると次も作れる。AIを使うので、慣れてくると制作自体はどんどん速くなった。気がついたら、二百本近くの動画ができあがっていたという。
ところが、あとになって分かったのは、作れることと見られることはまったく別だということだった。YouTubeに出しても再生数は思ったほど伸びない。登録者も増えない。当然、収益化の条件にも届かない。
作っているときは、どこかで、数を出していけばそのうち数字もついてくるだろうと思っていた。でも、そう単純ではなかった。二百本近く作れることと、それが見られること、登録者が増えること、収益化の条件を超えること、広告収入が入ること。これは全部、別の話だったと書き手は振り返る。
その後、せっかく作った画像や文章をそのまま消すのは嫌で、個人のブログに整理し、作品をまとめ直して電子書籍にもした。電子書籍にしたのは、今度こそ売れると強く思ったからというより、何かの形で残しておきたかった気持ちのほうが大きかったという。実際、大きく売れたわけでもない。
書き手は、この話は成功談ではないと繰り返す。YouTubeでは広告収入に届かず、別の形にして残しても大きな収益にはならなかった。その事実を、そのまま書いておこうと思う、と本人は書いている。
記事の最後で、書き手は次の行動に移る。知らないのだから、最初から詳しい人に聞けばいい。正しいやり方を知っている人を探せばいい。そう考えたところから、また別の遠回りが始まった、と第一回は締めくくられている。
収益化ポリシーの量産コンテンツ扱い
書き手は、制作の速さと成果の距離を、自分の経験として具体的に言葉にしている。生成AIの話題は、どれだけ速く、どれだけ多く作れるかに集まりがちだ。しかし、作れることは入口にすぎず、その先に見られること、登録されること、収益になることという、まったく別の関門が並んでいる。
書き手は、誰が見るのか、なぜその動画を開くのか、一本見たあともう一本見たいと思うのか、登録する理由があるのか、ということを、作る技術とは別に考えなければいけなかったと書いている。これは生成AIに限らず、動画づくり全般の本質を突いた反省だ。
YouTube側の考え方も押さえておきたい。YouTube公式ヘルプの収益化ポリシーは、収益化の対象となるコンテンツは大量生産されたもの、ありきたりなもの、繰り返しの多いもの、操作的なものであってはならないとしている。視聴者を楽しませたり学ばせたりするために作られていることが求められている。
もちろん、書き手の動画がこのポリシーに当たると言いたいわけではない。記事にもそうした記述はなく、伸びなかった理由は本人も断定していない。ただ、同じ型で大量に作る戦略は、視聴者に選ばれにくいだけでなく、収益化の審査という面でも追い風にはならない、ということは知っておくべきだろう。
もう一つ価値があるのは、失敗の過程を途中で消さずに残していることだ。うまくいった人の話は多いが、うまくいかなかった人がどこで何を考えていたのかという記録は少ない。これからAIで動画を始める人にとっては、成功談よりずっと役に立つ地図になる。
作ったものを別の形に移し替えた経緯もある。動画の素材を文章や電子書籍へ展開すること自体は悪い発想ではないが、見られる理由が設計されていないまま形だけを変えても、結果は大きく変わらない。媒体を変える前に、誰に向けたものかを問い直す必要がある。
書き手は、当時は当時でそれなりに考えて動いていたつもりだったが、少し離れて見直すと、結局ずっと正解を探していたのだと思う、とも書いている。この自己分析は、情報を集めることに時間を使いすぎて、自分の視聴者と向き合うことが後回しになる落とし穴を言い当てている。
大量生産や繰り返しの多いコンテンツを対象外とするYouTubeの収益化ポリシーは、裏返せば、一本ごとに視聴者にとっての意味を持たせることを求めているとも読める。AIで制作の手間が減った分、その時間を企画と視聴者の理解に回せるかどうかが分かれ目になる。
量の前に反応を確かめる
これからAIで動画を作ろうとしている人がまず持ち帰りたいのは、制作の前に、誰がなぜその動画を開くのかを一文で書いてみることだ。その一文が書けないまま作り始めると、制作が速い分だけ、見られない動画が速く積み上がってしまう。
次に、一本見た人がもう一本見たいと思う理由を考えたい。シリーズとしての流れ、毎回の発見、登場人物への愛着など、次を見る理由がないと登録にはつながらない。単発の面白さだけでは、チャンネルは育ちにくい。
数を出すことが悪いわけではない。ただ、数を出す前に、少ない本数で反応を確かめる段階を挟むべきだ。数本出して、どの動画が見られ、どの動画が見られなかったのかを振り返り、その差から次の企画を考える。この小さな往復を省いて量に走ると、何が効いたのかが分からないまま時間だけが過ぎる。
YouTubeで収益化を目指すなら、公式の収益化ポリシーに一度目を通しておくことを勧めたい。大量生産されたもの、ありきたりなもの、繰り返しの多いものは対象外とされているので、AIで同じ型を量産する計画は、始める前に見直しておいたほうが安全だ。
生成AIで作る動画ならではの強みを、どこに置くかも考えたい。この記録の企画は、存在しない商品の広告という風刺の切り口に独自性があった。その独自性を、一本ごとの作り込みと、見る人に届く切り口の磨き込みに振り向けていれば、違う結果になった可能性もある。
また、副業として始める場合は、使うお金と時間の上限を先に決めておくことも大切だ。書き手は、情報を見たりお金を使ったりしたとも書いている。成果が見えないまま投資を続けると、引き返す判断がどんどん難しくなる。
この記録は、読み手に何かを売り込むための記事ではない。失敗の手触りがそのまま伝わってくる。続きの回で、詳しい人に聞いた結果どんな遠回りをしたのかが語られるなら、これから始める人にとって貴重な判断材料になるはずだ。
AIで作れることが当たり前になった今、動画の価値を決めるのは、作る速さではなく、見る人にとっての意味をどれだけ設計できるかだ。この記録は二百本近い動画という数字で、それを裏付けている。
AI編集部のつぶやき